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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)3121号 判決

主文

一  被告が昭和五二年二月八日付をもって原告に対してなした解雇は無効であることを確認する。

二  被告は原告に対し、金一〇六一万〇八三〇円と昭和五六年九月以降毎月二五日限り月額金一六万七二九〇円の割合の金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の請求の趣旨

1  被告が昭和五二年二月八日付をもって原告に対してなした解雇は無効であることを確認する。

2  被告は原告に対し、金一一九八万〇四五四円と昭和五六年九月以降毎月二五日限り月額金一九万一二九八円の割合の金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  右第二項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  (雇傭契約等)

被告は、各種自動車の製造販売を主たる業とし、大阪府池田市に本社工場を、京都府大山崎町、滋賀県竜王町、兵庫県川西市等に工場を有し、従業員約八二〇〇名を擁する株式会社(以下適宜被告会社という。)である。

原告は、中学卒業直後の昭和四〇年四月、被告会社と雇傭契約を結んで被告会社に入社し、被告会社技能者養成所(現ダイハツ高等学園)で三年間鋳物工としての訓練を受け、昭和四三年四月一日、被告会社伊丹工場製造課に配属され、それ以降、同工場で鋳物工として自動車部品の鋳造の職務に従事してきたが、同工場の廃止により、昭和五二年一月一日付で、被告会社総務部総務課に仮配属され、実際の職務としては、右伊丹工場の残務整理に従事していた。

2  しかるに、被告会社は、原告には被告会社の就業規則七三条一項九号、一一号、一四号、一七号所定の各懲戒事由に該当する行為があったとして、昭和五二年二月八日付をもって、原告を諭旨解雇にする旨の意思表示をし(以下本件解雇という)、右同日以降、原告の就労を拒み、また、同月九日以降の賃金等を支払わない。

しかし、原告は、右就業規則の各規定に該当する行為をしたことはなく、本件解雇は、その理由がないから、当然無効であり、原告は、引続き被告会社の従業員たる地位を有するものである。

3  (原告の賃金)

原告の被告会社における昭和五二年二月八日当時の賃金額は、一ケ月金一二万三六一八円(内訳、本給六万七三三〇円、職能給四万一八二〇円、以上を合わせた基準賃金一〇万九一五〇円、諸手当一万四四六八円)であり、以降被告会社では従業員に対し毎年四月に賃金値上をし、かつ毎年七月、一二月に一時金を支払っており、原告も少なくとも平均の水準による賃金値上及び一時金支給を受ける権利があるところ、原告が昭和五二年二月から同五六年八月までに支払を受けるべき賃金一時金の合計は、別紙(略)一の賃金計算書(原告主張分)に記載の通り、合計金一一九八万〇四五四円であり、また、昭和五六年九月以降原告が毎月二五日に支払を受くべき賃金は月額金一九万一二九八円である。

なお、被告会社における賃金の支払日は、毎月二五日である。

4  よって、原告は、被告会社との雇傭契約上の権利に基づき、被告会社との間において、本件解雇は無効であることの確認を求め、かつ、被告会社に対し、昭和五二年二月九日以降の賃金として、別紙一の「賃金計算書(原告主張分)」に記載の通りの合計金一一九八万〇四五四円と昭和五六年九月二五日以降毎月二五日限り、月額金一九万一二九八円の割合による金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求原因1(雇傭契約等)の事実は認める。

2  同2の事実のうち、被告会社が原告に対し、原告に被告会社の就業規則七三条一項九号、一一号、一四号、一七号に該当する行為があったとして昭和五二年二月八日付をもって、原告を諭旨解雇にし、以後原告の就労を拒否していることは、認めるが、その余の事実は争う。

3  同3の事実は争う。

《以下事実略》

理由

一  雇傭契約等

被告が、各種自動車の製造販売を主たる業とし、大阪府池田市に本社工場を、京都府大山崎町、滋賀県竜王町、兵庫県川西市等に工場を有し、従業員約八二〇〇名を擁する株式会社であること、原告が、中学卒業直後の昭和四〇年四月、被告会社と雇傭契約を結んで被告会社に入社し、被告会社技能者養成所(現ダイハツ高等学園)で三年間鋳物工としての訓練を受け、昭和四三年四月一日、被告会社伊丹工場製造課に配属され、それ以降工場で鋳物工として自動車部品の鋳造の職務に従事してきたが、右伊丹工場の廃止により昭和五二年一月一日付で、被告会社総務部総務課に仮配属され、実際の職務としては、右伊丹工場の残務整理に従事していたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件解雇

次に、被告会社が、原告には被告会社就業規則七三条一項(懲戒事由)の九号、一一号、一四号、一七号に該当する行為があったとして、昭和五二年二月八日付をもって原告を諭旨解雇にし、右同日以降原告の就労を拒否していることは当事者間に争いがない。

三  本件解雇の効力

そこで次に、本件解雇が有効であるか否かについて判断する。

1  原告が被告会社伊丹工場の残務整理に従事中の昭和五二年一月一七日午後三時頃、右工場厚生棟内にある組合(ダイハツ労組)伊丹支部事務所前に置かれていた本件ダンボール箱二箱を無断で右工場外の付近民家(三谷某方)横まで持ち出してそこに置いておいたことは当事者間に争いがない。

2  そして、被告会社の伊丹工場が滋賀県の竜王町に移転することとなり、右伊丹工場が昭和五一年一二月下旬をもって閉鎖されたことは当事者間に争いがなく、右事実に、前記一、三の1の事実、(証拠略)、並びに、弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)  被告会社の伊丹工場は、自動車用アルミ鋳物鉄鋳物などを製造する鋳物工場であったが、被告会社では、伊丹工場を滋賀県竜王町に新設された竜王工場に移転することとなり、昭和四九年四月頃から、労使間で交渉を行い、被告会社の従業員でもって組織されている組合(ダイハツ労組)の同意を得て、昭和五〇年頃から右移転を始め、その後昭和五一年一二月下旬頃、右移転を完了し、伊丹工場は閉鎖されたこと、

(二)  原告は、昭和四三年四月頃から、被告会社の伊丹工場製造課に配属され、同工場で鋳物工として働いていたところ、前記の如く、被告会社の伊丹工場が竜王工場に移転することになったので、被告会社では、昭和五〇年頃から、原告に対し、竜王工場に転勤(転籍)するよう再三求めたが、原告がこれに強く反対したので、被告会社は、最終的に原告を竜王工場に転勤させることを断念し、伊丹工場が閉鎖された後の昭和五二年一月一日付をもって、原告を被告会社総務部総務課に仮配置し、それ以後右伊丹工場において、その残務整理の仕事に従事させていたこと、

(三)  次に、被告会社伊丹工場が閉鎖される以前は、同工場の厚生棟(二階建建物)の二階に組合の伊丹支部事務所があったところ、右伊丹工場の閉鎖に伴い、組合の事務所も閉鎖されることになったこと、

(四)  そこで、組合では、組合事務所内の整理をすることとなり、組合の小河原伊丹支部長が、昭和五一年一二月頃から、時折右伊丹支部の組合事務所にきて、組合の書類を、竜王工場の組合事務所へ送るものと焼却するものとに分け、これをダンボール箱に詰め、被告会社に右竜王工場の組合事務所への送付や焼却を依頼していたところ、昭和五二年一月一〇日頃も、右小河原支部長が、組合の書類を、竜王工場に送る分と焼却する分とに分け、これをダンボール箱に詰め、竜王工場の組合事務所に送る分については、ダンボール箱の上に紙を貼り、これに黒のマジックインキで、「竜王送り 小河原」と記載し、また、焼却する分については、同じくダンボール箱の上に紙を貼り、これに赤いマジックで、「焼却して下さい小河原」と記載した上、被告会社の清水主担当員に、右竜王工場の組合事務所に送る分の送付と、焼却する分の焼却を依頼したこと、なお、右ダンボール箱は、勿論組合所有のものであったこと、

(五)  ところで、右の如く、小河原支部長が被告会社の清水主担当員に送付及び焼却を依頼したダンボール箱は、その後組合事務所内やその他の室内に保管されていたようなことはなく、いずれも組合事務所前の室外に置かれたまま放置されていたこと、なお、右ダンボール箱のうち、焼却さるべきダンボール箱は二箱(本件ダンボール箱)であったこと、

(六)  もっとも、組合事務所のあった被告会社の厚生棟には、当時鍵がかけられており、一般人がこれに立入ることはできなかったが、原告ら伊丹工場の残務整理に従事していた者は、その必要に応じ、右厚生棟の鍵を保管していた被告会社の警士から鍵を借りて、厚生棟に自由に出入りすることができたこと、

(七)  原告は、前述の通り、当時、伊丹工場の残務整理に従事しており、ロッカーの掃除や、扇風機等の什器・備品の収集整理、ゴミの収集焼却等の作業に従事していたところ、昭和五二年一月一〇日頃から、右組合事務所前に右ダンボール箱の置かれているのを見付け、右焼却すべき本件ダンボール箱の中には、原告の配属先等に関係する書類が入っているのではないかと考え、右ダンボール箱を外に持ち出して、その中の書類を見ようと考えたこと、

(八)  そこで、原告は、昭和五二年一月一七日午後三時頃、焼却すべきダンボール箱二箱(本件ダンボール箱)を、組合及び被告会社には無断で被告会社の伊丹工場外に持ち出し、右工場近くにある訴外三谷某方横の空地にこれを置いておき、後でこれをゆっくり見ようと思っていたこと、

(九)  ところが、間もなく、右三谷某が本件ダンボール箱を発見し、被告会社に対し、右ダンボール箱が右三谷某方横の空地に放置されていたことについて、被告会社に苦情を申入れたので、被告会社が右事実を知ったこと、

以上の事実が認められ、(証拠判断略)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  次に、成立に争いのない(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社の就業規則では、七三条一項に懲戒事由を列挙し、その九号には「許可なしに会社の物品を持出し、又は持出そうとした者」と、同一一号には「業務上重大な秘密を社外に漏らし、又は漏らそうとした者」と、同一四号には「刑法上の罪に該当する行為をなした者」と、同一七号には「その他諸規則に違反し、又は前各号に準ずる行為をした者」と、それぞれ規定しており、また、同規則七二条には、懲戒の種類として、譴責、日給切替、減給、出勤停止、諭旨解雇(戒告のうえ三〇日以前に予告し、又は平均賃金の三〇日分を支給して解雇する。)、懲戒解雇、の六種類を定めており、さらに、被告会社と組合との労働協約では、懲戒について、二九条に、会社は組合員を諭旨解雇及び懲戒解雇に附するときは、あらかじめ組合の同意を得るものとする、との定めがあったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

4  ところで、被告会社は、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことは、前記被告会社の就業規則七三条一項九号に定める「許可なしに会社の物品を持出し、又は持出そうとした」ことに該当すると主張しているので、まず、この点について判断する。

(一)  本件ダンボール箱は、組合の所有のものであって、被告会社の所有のものでないことは、前記2に認定したところから明らかである。

(二)  次に、前記2に認定した事実に、(証拠略)によれば、原告が本件ダンボール箱を持ち出した当時、本件ダンボール箱は、被告会社の管理する厚生棟内の組合事務所の前にあったこと、そして、当時、組合事務所の鍵は、被告会社において保管していたこと、したがって、本件ダンボール箱は、一応被告会社の保管にかかるものであったこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、他に特段の立証のない本件においては、被告会社の就業規則七三条一項九号に定める「会社の物品」とは、本来、被告会社の所有の物品とか、被告会社が第三者から預っている物品であっても、将来その返還が予定されているとか、これを転売ないし利用して、社会経済的な利益ないし効果を挙げる等、一般社会通念上、社会経済的に価値のあるものをいうものと解すべきとこる、本件ダンボール箱は、前記の如く、組合の所有のものであり、しかも、組合の小河原支部長が被告会社の清水主担当員にその焼却を依頼したものであって、間もなく焼却されるものであったし、かつ、後記の如く、本件ダンボール箱の中には被告会社の「業務上重要な秘密」に関する書類が入っていたとも一概に認め難いから、本件ダンボール箱は、被告会社の保管に係るものではあったけれども、右被告会社の就業規則七三条一項九号に定める「会社の物品」といえるかどうか甚だ疑わしく、したがって、原告が本件ダンボール箱を持ち出した行為は、被告会社の就業規則七三条一項九号に定める「許可なくして会社の物品を持出し、又は持出そうとした」ことに該当するともにわかに断定し難いのであって、これに反する(証拠略)はたやすく信用できない。

(三)  のみならず、一般に、使用者の懲戒権の行使は、被用者の行為の程度、種類に応じて相当なものであることが必要であり、その行為が相当悪質で、解雇をするについて社会的に妥当性のある場合に限って、解雇することができると解すべきところ、本件において、原告が本件ダンボール箱を持ち出した行為が形式的には被告会社の就業規則七三条一項九号に該当するにしても、前記2に認定した事実に、(証拠略)、原告本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば、本件ダンボール箱は、もともと組合所有のものであり、かつ、焼却されるものであったから、一般の物品の如く、被告会社において、将来これを利用して一定の経済的、社会的利益やその他の利益を挙げ、または、享受することを予定していたものではなく、したがって、被告会社がこれを喪失しても組合からその責任を追及されるとか、その他の社会的、経済的損害を被るようなものではなかったことが認められるし、また、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことにより、現実に組合ないし被告会社が損害を受け、被告会社の業務に影響が生じたことについては何らの立証もないのである。そうだとすれば、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことは、非難されるべきではあるが、これを被告会社の就業規則七三条一項九号の「許可なく会社の物品を持出し、又は持出そうとした」行為に該当するとして、原告を、懲戒処分としては二番目に重い諭旨解雇の処分にすることは、苛酷に過ぎ、著しく不当であって、解雇権(懲戒権)の濫用として許されないものというべきである。

5  次に、被告会社は、本件ダンボール箱の中には、被告会社にとって重要な機密の文書が入っていたから、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことは、被告会社の就業規則七三条一項一一号の「業務上重要な秘密を社外に漏らし、又は漏らそうとした」ことに該当すると主張している。

(一)  そして、(証拠略)中には、本件ダンボール箱の中には、竜王工場転籍者についての労使の個人面接簿、労使協議会・労使懇談会・生産委員会の各議事録、配転委員会議事録、住宅対策委員会議事録等の重要機密事項を記載した書類が入っていたところ、これらの書類は、被告会社の従業員の身上に関する秘密や、被告会社の機密に属する生産計画等、労使間の信頼関係に基づいて伝達されている秘密事項が含まれており、これが外部に公表されると、被告会社と組合間の信頼関係が破壊され、個人の秘密、名誉が侵害毀損され、会社経営上打撃を受ける虞れがあるとの被告会社の主張事実に副う趣旨の記載及び証言がある。

(二)  しかしながら、本件ダンボール箱の中に被告会社主張の如き被告会社の業務上重大な機密に関する書類が入っていたならば、右書類は、すべて組合の伊丹支部の事務所に保管されていたことになるところ、右書類のうち、少なくとも労使協議会議事録や生産計画書などが、組合の本部でもない一支部の組合事務所に保管されているようなことは、一般的に極めて異例であって、たやすく認め難い事柄である。また、本件ダンボール箱の中に、真実、被告会社主張の如き被告会社の業務上重要な機密に関する文書が入っていたならば、清水主担当員がその焼却を依頼された後は、すみやかに焼却されるべきであり、かつ、右焼却されるまでは、本件ダンボール箱は、室内や、その他第三者によって容易に搬出されないような場所に保管されるのが通例というべきであるし、さらに、被告会社伊丹工場の残務整理に従事している原告ら従業員に対しても、本件ダンボール箱の中には、被告会社の業務上重大な機密に関する重要書類が入っていることを知らせ、その取扱いに気をつけるよう厳重な注意を与えるのが通例というべきである。しかるに、本件においては、前記の如く、本件ダンボール箱は、清水主担当員が焼却を依頼されてからすみやかに焼却されておらず、かつ、その後組合の事務所前に放置されていたのであるし(証人清水日佐夫は、本件ダンボール箱は、昭和五二年一月一四日頃組合事務所の前に出されたと証言しているが、右証人清水日佐夫の証言によるも、本件ダンボール箱は、原告がこれを搬出するまで二日以上も組合事務所の前におかれていたことになる)、また、被告会社が原告ら従業員に対し、本件ダンボール箱の取扱いについて気をつけるよう注意を与えていたとの事実を窺わせる(証拠略)はいずれもたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠もないのであって、このことは、極めて不自然というべきである。そして、このようなことや、(証拠略)、原告本人尋問の結果等に照らして考えると、本件ダンボール箱の中に入っていた書類が、被告会社主張の如き被告会社の業務上重要な機密に関する重要な文書であったか否かは、甚だ疑わしいというべきであって、前記被告会社の主張事実に副う(証拠略)はいずれもたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。

(三)  のみならず、前記2に認定したところから明らかな通り、本件ダンボール箱の中の書類は、組合の小河原支部長が組合の書類を整理してこれを本件ダンボール箱に入れたものであるから、右書類は、組合所有のものであって、被告会社所有のものではないというべきである。してみれば、仮に、本件ダンボール箱の中に、被告会社主張の書類が入っていたとしても、これは組合のものであるから、組合がこれを公開しないという特約を被告会社と結んでいるとか、その他特段の事情のない限り、組合において、右書類を一般組合員に公開するとか、その他の処分をすることは、本来組合の自由であるというべきであるから、右書類に記載されていることは、組合の機密とはなり得ても、被告会社の業務上重要な機密となるものではないというべきところ、本件における全証拠によるも、右特段の事情を認めることはできない。

(四)  その上さらに、被告会社の主張する前記面接簿、議事録等は、被告会社がこれを作成し、被告会社においてこれを機密扱いにしていたとの事実を認め得る証拠はないし、また、仮に、被告会社において、右各書類を作成し、被告会社に、おいてこれを機密にすべきものであったとしても、その後、これが組合に渡されて組合の所有となった以上は(右書類が組合の所有であることは、被告会社がこれを組合に渡したことから推認できる)、組合員によってその内容が公表されたからといって、その組合員が、組合に対して責任を負うことのあるは格別、被告会社の業務上重要な秘密を漏らしたとして、直接被告会社に対して責任を負うことはないと解すべきである。

したがって、原告が本件ダンボール箱を持ち出した行為は、被告会社の業務上重要な秘密を漏らし、又は漏らそうとしたときに該当し、被告会社の経営上打撃を受ける虞れがあるとの事実を窺わせる(証拠略)はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。

(五)  なお、被告会社は、被告会社の機密に関する文書が、日本共産党ダイハツ支部発行のビラ(乙第七一号証)、その他に利用されていたことを理由に、原告は、日本共産党の諜報活動として、計画的に本件ダンボール箱を持ち出したと主張している。しかし、被告会社の機密に関する文書が被告会社のビラ等に利用されたことがあるとしても、右被告会社の機密に関する文書を原告が持ち出したことを認め得る証拠はなく、ましてや、原告が、日本共産党の諜報活動として、本件ダンボール箱を持ち出したことを認め得るような証拠は何らないのである。却って、(証拠略)、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件ダンボール箱の中の書類が、被告会社主張の如く、被告会社の機密に関する重要書類であることを知らずに、本件ダンボール箱を持ち出したことが認められる。

(六)  してみれば、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことは、被告会社の就業規則七三条一項一一号に定める「業務上重大な秘密を社外に漏らし、又は漏らそうとした」ことには該当しないというべきである。

6  次に、被告会社は、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことは、窃盗罪を構成し、被告会社の就業規則七三条一項一四号に定める「刑法上の罪に該当する行為をした」ことに該当すると、主張しているところ、前記認定の通り、本件ダンボール箱は、組合の所有であって、かつ、被告会社の保管していたものであるから、それが間もなく焼却さるべきものであったにしても、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことは、一応形式的には、刑法上の窃盗罪を構成するというべきである(但し、それが法律上処罰に値するかどうかは甚だ疑わしいものというべきである。)。

しかしながら、原告が本件ダンボール箱を持ち出した行為が形式的には刑法上の窃盗罪を構成するにしても、前記245に認定したところから明らかな通り、本件ダンボール箱は、間もなく焼却されるべきものであり、また、本件ダンボール箱の中には、被告会社主張の如く、被告会社の「業務上重大な機密」に関する書類が入っていたことも認め難いし、さらに、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことにより、組合及び被告会社が現実に損害を受け、または、その業務に支障が生じたことも認められないから、原告が本件ダンボール箱を持ち出した行為をとらえ、これを、被告会社の就業規則七三条一項一四号に定める「刑法上の罪に該当する行為をした」ことに該るとして、原告を諭旨解雇処分にすることは、甚だしく不当であり、解雇権の濫用として、許されないものというべきである。

7  さらに、被告会社は、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことは、被告会社の就業規則七三条一項一七号に定める「その他諸規則に違反し、又は前各号に準ずる行為をした」ことに該当すると主張している。

しかしながら、原告が被告会社のその他の諸規則に違反した事実を認めるに足る証拠はない。また、右就業規則に定める「前各号に準ずる行為をした」とは、右就業規則七三条一項一号ないし一六号の各号に準ずる様な強度の違法性のある行為をした場合を指すものと解すべきところ、前記2、4ないし6に認定したところからすれば、原告が本件ダンボール箱を持ち出した行為は、右就業規則七三条一項一七号に定める「前各号に準ずる行為」に該当しないか、仮に、これに該当するとしても、そのことを理由として原告を諭旨解雇することは、著しく不当であって、解雇権の濫用として許されないものというべきである。

8  そうだとすれば、原告が本件ダンボール箱を持ち出したことは、被告会社の就業規則七三条一項九号、一一号、一四号、一七号の各規定に該当しないか、該当するとしても、右各規定に基づいて原告を諭旨解雇にすることは、解雇権の濫用として許されないものというべきであるから、原告主張のその余の点について判断するまでもなく、本件解雇は無効というべきであり、原告は、引き続き被告会社の従業員であるというべきである。

四  賃金

そこで、本件解雇後の原告の受け得べき賃金、一時金の額について判断する。

原告は、原告が解雇された後の昭和五二年二月から同五六年八月までに、被告会社から支給されるべき原告の賃金、一時金の額は、別紙一の「賃金計算書(原告主張分)」に記載の通り、合計金一一九八万〇四五四円であり、また、昭和五六年九月以降原告が毎月支給を受ける賃金額は、月額金一九万一二九八円であると主張しているところ、被告会社は、別紙二の「賃金及び一時金計算書(被告計算分)」に記載の通り、原告の右主張額のうち、右原告主張の期間中の賃金、一時金の額については、合計金一〇六一万〇八三〇円の限度で、また、昭和五六年九月以降の賃金額については、月額金一六万七二九〇円の限度で、それぞれこれを認めているが、その余についてはこれを争っている。

ところで、原告の本件解雇後の賃金、一時金については、原告が、現実に被告会社によって昇給昇格させられたことの認められない本件においては、右昇給昇格を前提とした賃金、一時金等の債権は発生しないものというべきであって、このことや、被告会社が原告主張の賃金、一時金の額を争っていること等に照らして考えると、(証拠略)、原告本人尋問の結果等からは、原告の解雇後の賃金、一時金の額が、原告主張の通りであるとは認め難く、他に原告の賃金、一時金の額が、前記被告会社の認める限度を超えて、原告主張の通りの額であることを認め得る証拠はない。

してみれば、本件解雇後の原告の受けうる賃金及び一時金の額については、別紙二の「賃金及び一時金計算書(被告計算分)」に記載のとおり、昭和五二年二月から同五六年八月分までに支給さるべき額は、合計金一〇六一万〇八三〇円であり、昭和五六年九月以降に支給さるべき額は、月額一六万七二九〇円であるというべきである。

そして、弁論の全趣旨により、昭和五六年九月以降原告に支給される賃金の支給日は、遅くとも毎月二五日以前であることが認められる。

五  結論

よって、原告の本訴請求は、被告会社が昭和五二年二月八日付をもってなした本件解雇の無効確認を求め、被告会社に対し、右解雇後の右未払賃金、一時金の合計金一〇六一万〇八三〇円、及び昭和五六年九月以降毎月二五日限り月額金一六万七二九〇円、の各支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤勇 裁判官 千徳輝夫 裁判官 小泉博嗣)

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